ファブリアーノ探訪記

第1話 イタリア/ファブリアーノへ

 紙の歴史について学べば必ずといっていいほどファブリアーノに辿り着く。身近なものにユーロ紙幣がファブリアーノ製であることに驚かされ、ヨーロッパ製紙の発祥地という歴史の重みを知る。ヨーロッパ製紙発祥の地といわれるファブリアーノ(イタリア)、紙の歴史を訪ねてファブリアーノで体験した紙の物語を綴ります。

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ヨーロッパ製紙生誕の地ファブリアーノを訪ねて
 イタリア中部のマルケ州にあるファブリアーノは、アドリア海に面したアンコーナという港町から約30キロ内陸に入ったところにある小さな町。イタリア州の中でも、唯一複数形で呼ばれるマルケ(MARCHE)とは、小さな城壁に囲まれた町が複数より集まってできたことが地名の由来である。ローマから車でおよそ3時間、アドリア海を横目にしながら高速道路を走り、一旦アンコーナに出てファブリアーノへ到着する。この町は、ヨーロッパで最初の製紙工場ができたところであるが、町のはじまりは、丘を隔てて二つの町が互いに争っていた歴史があり、争いが終わり二つの町が一つになった町である。この二つの町の名前がくっついたものが「ファブリアーノ」。その一つの町が"鍛冶屋"の町だったことから、イタリア語で"鍛冶屋の"という意味「fabbrile」ファッブリーレという言葉が起源となっている。
 この旅は、製紙メーカーでもあり独自のブランドを持つファブリアーノ社を訪問することが目的である。当初、私人として行く心境は、まるで地図にない町へ行くようなもので、日本からのアポとりは6ヶ月・・・あっさりNo!かと思いきや、少なからず興味を持っていただき、本社は造幣のためNGだがプラント工場へのOKを頂戴した。観光では穴場的なファブリアーノだが詳しい情報のない中、大層な計画はすれど、当日沈むか浮くかはイタリア流に習うより慣れろであった。
 上写真はファブリアーノの中心街の様子。奥の城壁は、むかし二つの丘にかけられ、その下に川が流れていたそうだ。現在でも、昼から夕方にかけて店がほとんど休むというイタリアン・シエスタが残り、この時の昼過ぎのファブリアーノはどこも店の戸口が閉まって閑散としていたが、むしろ、観光地化されていない自然な町の姿と空気を感じとれる日常に包まれた。

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ファブリアーノの手製帳との出会い
 ファブリアーノでは、★★★★ホテルは2軒とのこと、その一つジェンティーレ・ダ・ファブリアーノに滞在した。ファブリアーノが生んだ画家ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ(1370年頃)の名を冠する古典的な佇まいである。ホテルのフロントでは、早々ファブリアーノのムードが漂う。ファブリアーノは透かしの技術を発明したこともあり、ご覧の名画や彫刻を透かしで表したファブリアーノ紙のバックライトディスプレイが出迎えてくれた。ホテルの人に“洞窟へ行くのか?”と聞かれ"紙が目的"だと言うとたいそう不思議がられたが、単なる趣味ではなく専門家だというと"ベーネ!"理解してもらえたのである。
 ファブリアーノについては、カルトナージュに関わって取り上げたことがあるが、ファブリアーノで作られた紙をファブリアーノ紙といい、その魅力を求めてはるばるやってきたのである。
透かしの魅力も、現地で観ると感慨深く見えるから不思議である。実は、この透かしのちょうど隣に照明の消えたショーケースがあり、紙製文具の数々が陳列されていることに気づき深々と覗き込んでいたら、フロントの方が、わざわざ明かりを付けてくれたのである。

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ショーケース写真は、かなり前から置いてあったのか、少し表紙が反ってしまっている手漉き紙で製本されたブック。表紙には、手漉き直後の濡れた段階で、雄雌のカッパープレートで挟んで作ったものと思われ、紙が分厚く型が相当深いことに驚いた。土着なものを好む私は、ショーケースに展示してあったファブリアーノの手製帳を土産にしたのである。「向日葵と麦」イタリア中部では縁起のよいモチーフとされ、マルケ州を象徴する花とされている。


編集履歴
第一版公開:2009.11.09